はしに願いを


「あ、はし――――」
「箸?」
唐突に目の前の安見が呟くのに、俺は思わず自分が握っている箸を見つめてしまった。俺の視線に気付いた安見が「ううん、それじゃなくて。はし」と言う。
「端?」
「違うの、そうじゃなくて―――あれ」
もどかしそうに、右手に持ったままの菜箸で、行儀悪く安見が俺の右手の頭上を指す。振り返ってみると、たまにしか付けない小さなテレビ(少なくとも俺はニュースくらいしかここで見たことはない。この店の人たちはワイドショーの類には興味はないようだ)に映っていたのは、どこだかの行事中継らしい。神社か何かをゆっくりと巫女さんだの神主だのといった連中の行列が歩いているところだ。行列がちょうど差しかかろうとしているのは、赤い――――――
「わかった。橋だろ?」
「そう、それよそれ」
 やっと伝わったことに安堵したらしい安見に「アクセントが違うんだよ」と言ってやる。
「アクセント?」
「そう。橋なんだろ―――『し』が上がるんだ」
 はし。はし―――はし?首を傾げて、何度も口の中で転がすように発音を確かめている安見は、子どもの頃をアメリカで過ごしたせいか、時々こんなふうに突然アクセントがあやしくなる。そのたびに菜摘さんが直してやるのだが、時折今日の俺のように行き合わせた他の人間が教えてやることもある。宇野さんがゆっくりと噛んで含めるように教えているのは、少し微笑ましいような気がする光景だ。はし―――はし。ようやく納得が行ったらしい安見が「これでいい?」というような顔をするのに「あってる」と言ってやると、「うん。わかった」と安見はにこっと笑った。こんな顔をする辺りは、まだまだ子どもの頃の面影を残している。
「それで―――なんだって?」
「あ、うん―――こないだね、本を読んだの。それにね、『はしに願いを』っていう言葉が出てきてね」
「『はし』?『ほし』じゃないのか?」
星に願いを。そんな名前の歌だか話だかがあったような気がした。けれど俺の問いに、安見はあっさりと首を振る。
「ううん、違うの。はしなの」

ほんとに短いエッセイなんだけど。橋が欲しいなっていう話。橋があって、それだけだと淋しいからまわりには食べ物の屋台がたくさんあって、そうそう、柳の木も橋のたもとにあるんだって。そして、それでその橋の上では、死んだ人と生きている人が会える。一緒に肩を抱いて食べ物屋さんに入れる。そんな橋があったら、いっぱい会いたい人がいるのになっていう―――そんなエッセイ。
 その橋がね、著者によると、かたちはこういうのがいいってのがあって。赤い、赤い―――(少し困惑したような表情に「欄干?」と訊いてやると「あ、そうそう、欄干」と言って言葉を続けた)―――欄干があって、ええとお太鼓橋っていうの?そんな形って書いてあって。 それで、今テレビ見てて、ああこういう形なんだなぁって思ったの。

今はもう違う景色を映すテレビの画面を見ながら、安見はほんの少しだけ放心したような、遠い目をしたまま呟いていた。その表情を案じるような視線を向けた俺に気づいたのか、我に返ったようにこちらに視線を戻し、小さな声で安見は言った。

「―――ママがいたら、私もこんなこと言わないんだけど。ごめんね、少しだけ話聞いてくれる?」

かすかに眉をひそめて、哀しそうな顔をしていた。秋山さんがいなくなって、菜摘さんはこの店に来ることがあまりなくなった。名義はまだ菜摘さんのままだが、ホテル・キーラーゴの支配人としての仕事が忙しいらしく、たまに来ても、カウンターの内側に入ることはない。夕方、学校を終えてから店を開ける安見が淹れるコーヒーも、昔に比べたら随分旨くなったが、時折、昔の味―――例えば隣の席で下村とか叶さんが煙草を吸っていた頃の―――が懐かしくなることもある。けれど、少し疲れたような顔をして、カウンターで溜息をつくように笑顔を作る菜摘さんにそれは言えない。時が流れるにつれ、変わらざるを得ないものがあることは、この街に暮らしていれば誰だってわかることだ。
安見と菜摘さんとは、血のつながりがないとは思えないくらいに仲のいい母娘だ。その仲の良さは、生前秋山さんが苦笑交じりに「自分は下宿人みたいなものだ」と言っていたくらいのもので、その菜摘さんに言えないというのなら、よほど辛いのだろう。思えばこの娘はずっと自分より年上の人間ばかりに囲まれてきていた。学校での交友関係は知らないが、父母を殺されるという経験は、そう簡単に口にすることはできないだろうことくらい、俺でもわかる。―――だから俺はできるだけ深刻そうに響かないよう、努めて気軽な調子で答えた。
 
「妹分に言われたんじゃしょうがないよな。いいよ、聞いてやるよ」
「そう、ありがと。お兄ちゃん」

ほんのわずかに口元がほころんだ。ふっと笑って、また安見は淡々と言葉を続ける。

なんかね、その本読んでて、違うって思ったの。上手く言葉にできないけど。だって、そんなのってなんか不自然だよね。死んだ人がいて、生きてる人がいて、隣で笑い合ってるの。で、普通に話をして、いっしょに御飯食べて。ちょっとだけ会いたい。それはわかるけど――――――でも、一度会ったら二度三度と会いたくなる。別れるのが辛くなる。一緒に暮せないのかって思い始める。どんどん辛くなるんだよ。

 静かな言葉が少しずつ口調が早くなり、最後はまるで咳き込むようだった。カウンターの一点を見つめたまましゃべる安見の言葉に、俺は口を挟まなかった。―――否、挟めなかった。息が詰まったように黙り込み唇を噛む彼女に、俺はかける言葉を見つけようとして、結局諦めた。別に安見は答えを望んでいるわけではない。溜まった感情を吐き出そうとしているだけなのだとわかっていたからだ。

ふ、と硬くなっていた肩の力を抜いて、安見は呟いた。「ごめんなさい」
「別に謝られるような覚えはないけどな」
「ううん、でも―――坂井さんにぶつけていい言葉じゃなかったから」
「そうか」

またしばらく沈黙が続いた。感情を吐き出したことで少し落ち着いたのだろうか、わずかに放心したような表情の安見を見遣る。年齢の割に、いつも言葉を咽喉の奥に閉じ込めてしまう子だと思っていた。だから、それを口に出そうとするのは、この子には悪いことではないのだろうと思う。自分が今の安見と同じ年頃だった時代を思い出す。あの当時に比べれば、彼女はたくさんのものを背負い過ぎていた。口に出したところで軽くなるものではないだろうが、誰かが聞いてやることで少しでも楽になれるのなら、そうすればいいと思った。

ふと、安見がこちらを向いた。さっきよりも表情が柔らかくなっている。
「ねえ、坂井さん」
「ん?」
「あのね、誰かの夢を見たりするでしょう」
「誰の?」
「誰でもいいわ。とにかく、大事な人よ」
「そうだな」
「夢に相手が現れるのは、相手が自分に会いたいからなんだって」
「相手が?」
「そう」
「夢を見るのは、会いたい人のことを自分が考えてるからだろ?」
「だよね。私もそう思うの。でも、昔の人は相手が夢の中で会いに来るって思ってたんだって。古文の時間でそう習ったの」
「へえ」
「だから、夢にさえ現れてくれない相手の冷たさをなじる歌を詠んだりしているの」
「相手にしちゃ困った話だよな」
「そうよね」

軽く笑った安見が、ふと真顔になった。

「昨日の晩、夢を見たわ―――パパが出てきた」

パパも会いたいと思ってくれているのかしら………こらえてはいるようだが、まっすぐにこちらを見た安見の目はわずかに潤んでいるようだった。なんと答えていいのかわからないままに、曖昧に頷くと、目に見る間に涙が盛り上がってこぼれ落ちた。声にならない声を押し殺すようにして泣く安見の顔を見ながら、戸惑うと同時に自分が最後に泣いたのはいつだったのだろうかとぼんやりと思った。

泣き顔を見せない為か、顔を伏せてしゃくりあげる安見の髪を撫でてやりながら、俺はカウンターのうしろにかけられたカレンダーに目をやっていた。

もうじき秋山さんの一周忌だ。

【Fin】
20031102


元ネタは、江國香織の「はしに願いを……」というエッセイ(『泣かない子ども』所収)でした。
結構この人の書いたものは読んでいるのですが、この文章には妙に反撥を覚えて。
書きかけてはみたものの、あまりに暗い話だったので1年以上PCの中でほうりっぱなしだったもの。
やっと思い出して書き足してみました。

前に坂井が安見に慰めてもらう話を書いたので、
今回は逆です。

親しかった人にちょっとでも会いたいですか?
それともすっぱり諦める為には会わない方がいいと思い切りますか?という話。

どちらを選ぶかは人それぞれなんでしょうけどね。