◆所感  〜JWOC99に参加して〜      尾上秀雄

今回初めて同行コーチとしてJWOC遠征に参加したので、現地でのトレキャン及
びレースを中心に経過を記録し、感じたことをまとめた。これはまだ個々に分析を
加えたものではないので、帰国後の雑感として読んでいただきたい。また女子コー
チという立場だったので、女子選手のことを中心に述べてある。

トレキャン初日は、用意されたブルガリアカップにそのまま参加し、まずは各自自
由にやってもらうこととした。その意図は自分たちの準備してきたものをそのまま
ぶつけて試してみることにあった。その結果みんなの反応を聞いてみると、テレイ
ンに対応できないといったものはなかった。むしろ360度、間隔の広い広葉樹が
どこまでも続いている林は、倒木ややぶが少なくかつ地面が固いという状態で、ど
んどん走れて歩測が短め、直進が結構当たる、といった状況だった。反面、沢が切
れ込んだ急斜面の部分は、富士のような柔らかいところに慣れた人にとっては下り
を逡巡するだけでなく、コンタリングがままならないことを知らされた。ここでは
スパイク靴の有効性を思い知らされた。

ブルガリアカップは近接場所で3日間行われるので、地図返却が3日目まで行われ
ないことが分かったこともあって、2日目はトレーニングコースでの独自調整に変
更してもらった。初日の様子からテレインにまったく対応できない人はいなかった
ので、2日目からはコーチが2人増えたこともあり、通常国内でやっているのと同
様に3人のコーチで希望する選手のランオブを行った。ランオブでは、プランを組
みたてるために使えるもの使えないものの確認と、特に沢部分の微地形を意識した
アタックイメージに重点を置いて指導した。

3日目は再びカップレースを使用し、レースを通じての調整を行った。3日間を通
じてほぼ全員がうまく行くことと行かないことの両面を経験し、そういう意味では
良い調整ができたと思う。戻ってきた地図を元に、選手たちによるルート検討会が
自主的に開催された(コーチも同席)。3時間にも及ぶ検討会で、いよいよあとは
本番という熱気が感じられ、全体としてもトレキャンを締めくくる盛り上がりが見
られた。

モデルイベントでの関心は、今大会で使用するSport Ident電子パンチの試用であっ
た。この練習場所の設定はなかなか優れものだった。20m四方のオープンなエリ
アをテープで囲い、その一隅にチップを貸し出す人がいて、ClearとCheck用のBoxが
置いてある。チップを借り受けてクリアとチェックを行ったあと、エリア内に設置
された3つのコントロールを自由に走りながらパンチ練習できるのだ。薄ぺったい
箸置きのような形状のもので、いろいろ試した結果、中指にはめて人差し指との間
で挟んで持つのが良さそうだとの結論が日本チームの間では出た。形状が小さいの
でサムリーディングもそのままでパンチでき、EMITのような方向性がなく、穴に挿
し込むだけで良いのでとても好評だった。パンチの確認は光と音の両方で行うよう
になっているが、これも特に違和感はなかった。

本番のクラシックレースを迎えるに当たって、技術的には今までの延長線上で考え
られたのであまり心配がなく、あとはどれだけ特殊な精神状態の中でそれが実践で
きるかという点だけが問題だった(直進がやりやすいために若干それに頼り過ぎて
特に女子選手は、プランが甘くなって来ていた点だけは気がかりではあったが)。
それより長旅の疲労、時差、暑い天候、相部屋、慣れない食事、水など、さまざま
なストレスと緊張で胃腸の調子の悪い人が何人もいたことが残念だった。それにし
ても「せいろ丸」が良く売れた。

競技会場で嬉しかったことは、ウォーミングアップ用の地図と場所が提供されてい
たことである。地図はB6〜A6サイズの立派なもので、競技会場を含む500m
×1kmものエリアが開放されていて、コントロールも数個設置されている。日本
ならミニレースやナイトが十分できるくらいのものだ。サンダル履きのまま2ヶ所
回ってきたが、林も白く地図の精度も申し分ない。各国の選手が思い思いに調整し
ていた。日本選手はそういうウォーミングアップをしたことがないので、疲れを残
さないようにちょっとだけ中に入って来た人が多かったようだ。

日本人で一番早いスタートを引き当てた番場選手は、設定したタイムテーブル通り
に準備を済ませプレスタート地区でもそれほど緊張した様子も見せずに出て行く。
他の選手も多少緊張した面持ちの人もいたが、それよりもこれから挑戦できるレー
スを楽しみにしている様子が感じられる。なかなか頼もしい限りだ。

日本でのセレクションを通過し代表が決まって以来の約2ヶ月、6名の女子選手と
はそれぞれ設定した目標を共有し、程度の差はあるがいろいろな取り組みやアドバ
イスをしてきた。一人一人がスタートしていく度に、それぞれの準備状況が思い出
される。何とか思い通りのレースをしてきて欲しいと願う瞬間だ。

レースの結果は番場のトップ比158%を筆頭に、横江183%、高橋218%、
増山219%と続く。日本的に見れば初参加の緒戦におけるこの番場の成績は賞賛
に値するものだろうし、2ヶ月前の増山を知っている人にとっては、この難コース
を2時間以内で完走したことは驚異であろう。しかし世界とのレベル差は限りなく
大きい。いったい選手たちはこのことをどう受け止めたのだろうか。

自分が今目指しているオリエンテーリングの完成形をもってしても、その遥か後ろ
に続いている道のりは見えないかもしれない。だけどそこにある何かを求めて挑戦
し続けていって欲しいものだ。

2日目のショート予選では、番場が29位、山田が33位と真ん中の位置でBファ
イナル進出を決めた。特に番場は数分のミスを犯しており、Aファイナルも夢では
ないことを示してくれた。

リレーでは、何とかリレーの形にしようとAチームは番場、山田、横江の順で臨ん
だが、結局2走→3走のタッチの時点でトップ4チームにゴールを許してしまうと
いう結果になり、あと一歩だった。Bチームは、会期中ずっと大きなミスなくまと
めていた高橋を1走にして、増山、塩田という順で臨む。何とかウムスタートを回
避したかったが、5分間に合わず残念であった。ウムスタート時刻は前日には知ら
されず、当日になって先に決められていたオフィシャルランの5分前という形で決
められたものだ。実際、オフィシャルランでスタートした私の直後を、増山はゴー
ルしてきたらしい。

今回は外国ではあったが比較的適応しやすいテレインだったので、初めて北欧へ行
った時のような「外国だから」という問題は少なかった。だから不本意なできに対
しても、日本でもやっているミスがそのまま出たものだと、冷静に振り返ることが
できたように思う。

全体を通じて言えることは、やはり準備をしてきた人には大きな経験だったという
ことだ。セレクションから2ヶ月間、つぶさに準備状況を観察して来ていたので、
各人が努力してきた結果が本当にいろんな形になって現れたことが、一番嬉しかっ
た。選手諸君には、大会での結果がどうだったかということではなく、それを目指
して取り組んで来た過程の上に存在する結果と捉えて欲しい。そういう意味で大き
な経験なのだ。この経験に意義を見付けられる人は、今後もそういう機会を生かし
て努力して行ける人に違いない。

以上